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父さん、語る。

波乱万丈人生を送る父さんが、暇な時に、育児の傍ら、思ったことをタラタラと書いてます。

15,6年前でしょうか。ある中小企業の社長さんがこのような言葉のお話をされました。

『魅は与によって生じ、求によって滅す。』(ミはヨによってショウじ、グによってメッす。)

人の魅力は与えることによって生まれ、求めることによって、消えてしまう、という意味です。

人は物をもらうとうれしいものです。
反対に、いつもあれ頂戴、これ頂戴と言われると、その人に関わりたくなくなります。

しかし、人の魅力は、物で測るものではありません。
物をもらったり、催促したりする事は、相手の人のなのです。

ここで話した、与えるもの、求めるものとは、『こころ』であり、欲とは違います。

与える事とは、人が困っている時は、その人に『こころ』をもって向き合い
求める事とは、すがることです。

人にすがってはいけないとは思いません。
1,2度すがったことで、その人の魅力が無くなってしまうとも思いません。
しかし、すがりっぱなしでは、その人の魅力も徐々に失せてしまうと思います。

私は、自分のできる範囲で、『こころ』を与え、求めることが少しでも少なくなる様にしていきたいと思っています。
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テーマ:ことば - ジャンル:学問・文化・芸術
あの人とは『家柄』が合わない。とか、『家柄』が悪い。
そういう言葉を、時々耳にします。

そういう時、私は『家柄』は関係ないでしょ。
その人の『人柄』でしょ。
そして、『家柄』という言葉は、何か『家の格』を比べている様で、好きじゃない。
そう考えていました。

しかし、子供を持ち、育児をすると、『家柄』ってあるんだな
そう思う様になりました。

子供はだんだん大きくなると、いろいろな言葉を話し、自分の意志で行動してきます。
それを見ていると、私が話す様な話し方私がするような行動をマネをして覚えていきます。
ほかの子供を見ても同様に、その親の話し方、行動によく似ています

その話し方や行動は、おそらく、私の両親から。私の祖父母から。もっと前の先祖から。
そんな風に、ずっと昔から受け継がれてきたものなんだろうと思います。

子供にも、私にも、両親にもそれぞれ別の人格があります。
しかし、根本にある物事に考え方や、物差しは非常に似ているものなのです。
他の家とは違う考え方、やり方、それが『家柄』であり、それがその家の『雰囲気』や、その人の『人柄』となって出てくるのです。

そう考えると、『家柄』とは、『家の格』ではなく、先祖から受け継いできた物事の考え方の根本ではないかと思います。

私はこれからの育児、我家が先祖代々受け継いだ考え方の根本を、じっくり時間を掛け、しっかりと伝えていきたいと思います。
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「『聞く』ことは、本当に難しいことです。」

以前、ある人が言われ、考えたことがあります。

人の話を聞くことに、簡単とか、難しいとかあるのか?
よく考えてみると、私自身、『聞く』ということができていない事に気づきました。

人の話を聞くという事は、相手の話を受け入れ(共感し)聞いている事を相手に分かってもらう事
これらがないと、聞いているとは言えないのです。

例えば、相手が話している時に、否定したり、自分の事を話すのは、相手を受け入れていない事になります。

そして、相手に分かってもらう事は、相づちを打つだけでは、本当に聞いているとは相手は思いません。
相手が話したことに対して、「そう考えているんだね。自分はその事にこう思うよ。」
と、相手に伝えなければいけません。

自分の事を話す事と、自分はこう思う、と相手の考えに対して言う事は違います。
自分の事を話す事は、聞いているのではなく、話しているのです。
相手は、自分の話を聞きたいのではなく、聞いてほしいのです。
ですから、相手に聞いている事を分かってもらう事も大事なのです。

そう考えると、 『聞く』事は本当に難しいと思います。

私は話上手ではなく、聞き上手になりたい。
まずは、自分の子供の話を聞いてあげたい。



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私が恩師から聞いて、感心した言葉が1つだけあります。

『打つ手は無限』

この言葉は、もともと囲碁から出てきた言葉だそうです。
人はどんな状況にいても、進む道は無限にあり、自分の進むべき道を切り開いていくということです。

人は様々な困難や、悩みに直面します。
しかし、答えは1つだけではないのです。
打つ手は無限にあります。
その困難の前に立ち止まり、無限にある方法を、自分の意志で考え、自分の意志で進めばいいのです。

良い時も、『打つ手は無限』。
悪い時も、『打つ手は無限』。
人の可能性、自分の可能性を感じさせる、良い言葉だと思います。
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人の強さとは何でしょう?

人より身体能力に長けていて、肉体的に強いこと?
人より打たれ強く、負けん気が強く、精神的に強いこと?

肉体的に強いことは、皆誰もが年を取るごとに衰え、その人の強さとは言えない。
だから、人としての強さは後者のめげない心を持つ、精神的に強いことだと思っていました。

しかし、いろんな事を経験するにつれ、少し違うのではないかと感じ始めました。

私には、悲しい出来事がありました。
それまで私は打たれ強く、めげない、精神的に強い人間だと思っていました。
でも、その出来事が起こった途端、私の心は折れそうになり、そこから逃げ出したくなり、全てが嫌になりました。

今考えると、私は強い人間ではなく、大きな鎧を身に着けたネズミだったのです。

では、本当の強さとは何でしょう?
もちろん、悲しいことや辛いことがあっても、めげない人もいるでしょう。

私は、こう考えました。
「強くなくてもいい。自分は弱い人間です。」
そう思った時、本当の強さは、
自分の弱さを、自分で認められる事ではないか?
自分の弱さをさらけ出し、ありのままの自分を他人に見せる事の出来る人間こそが、真の強い人間ではないかと考えました。
誰もが弱さなど隠し持っていて、他人に見せることなく生きています。
ありのままの自分を人に見せる事は、勇気が要り、なかなか簡単には出来ないものです。

そう考えると、『人としての強さは、弱い自分を認めること。』だと思いました。

嫌な自分や、弱い自分を認めてあげてください。
そして、それを含めた自分に自信を持って下さい。

そうすれば、ほかの人はそれを受け入れてくれるでしょう。
そうは言っても、私もまだまだ出来ていませんが・・・



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